令和2年度卒業設計 松遙賞(佳作)

作品名:「GRAFTED PAVILION -design not to be designed-」
受賞者:山岸将大
作品講評:
本作品は、デジタルツールを駆使して、環境要素のみによって建築の形体を決定しようと試みた意欲作である。森林の中で、3Dスキャンを用いて周囲の樹木の位置を測定し、日照シミュレーションを用いて、地面に当たる日照を最大化できるよう形体を決定している。地元の木材を用いて実作し、複雑になる接合部は3Dプリンターで製作している。恣意的なデザインを排除し、自然の原理に基づいて形を決めることで自然の美しさを表現しようと試みている。残念ながら最終的にできあがった作品がやや美しさに欠けるのは、自然の原理である”植物が生き残る”ことを目的関数とした最適化ができなかったためではないだろうか。本作品のようなデジタル技術の活用によって美しい形態を生む取り組みに期待したい。

 

作品名:「ツキアイとユルサ」
受賞者:藤原柊一
作品講評:
皮革関連の工場や事務所が集積する東京都墨田区を敷地としたユニークな作品である。革の鞣しや染色、加工を行う小規模な工房と職人の住宅、皮革製品を販売する店舗をあえて混在させることに、この作品の特徴がある。加工から販売まで製品に込められたストーリーを視覚化し消費者に届けることの価値は、講評者の間でも広く共有された。
一方で、加工の過程で生じる匂いなど、特に住宅と工場が密接して混在することの問題に建築設計として十分応えられていないこと、現実には高価な製品が多い国産の皮革製品の実態と提案で描かれている庶民的な風景にギャップがあることが、課題として指摘された。これからも、ものづくりのストーリーを活かす新しい時代の用途混在のあり方を、それぞれのまちの生業に則した形でリアリティを持って考え続けてほしい。

 

作品名:「透影に想を馳せる」
受賞者:伊賀屋幹太
作品講評:
「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」の玄関口となる鉄道ホームに、フェスタ期間中のみ完成する建築を提案する作品である。まず、既存ホームを活かして公園および付帯施設を設計し、平常時は、ラインニングやウォーキング中の休憩所として、また低平地特有の水害の備えとして備蓄品を保管する倉庫に利用する。そして、フェスタ期間中のみ表出するものとして、鉄骨フレームの構造体にバルーン表皮を付加するしかけを考えた。表皮には劣化したバルーンを解体した球皮を用い、色鮮やかな表皮がたなびく空間をつくりあげている。平常時もバルーンに触れるしかけがあるとよいが、地域住民の年間を通した利用状況を考えれば建築を最小限に留めたのは適切な判断であろう。

作品名:「蝦夷鹿誘引装置」
受賞者:寺世風雅
作品講評:
自然の中で生息してきた野生動物が人間という新たな侵入者の利己的なふるまいによってその行動領域や餌場を奪われた。一方、人間は己の生活域を脅かし作物を貪る彼らを害獣と見なし敵対視する。この現状に対し必要以上に自然を敬い感傷的に人間の行動を嘆いたところで無益であろう。「蝦夷鹿誘引装置」と名付けられた本作品は、人と蝦夷鹿との共存に向け建築的アプローチより両者の均衡的な状態を制御すべく提案されたものである。作者は猟師との対話等を通じて蝦夷鹿の行動特性や理解を深め、捕獲・共存を図る建築物を創出した。人間と野生動物とがせめぎ合う境界域に介入するこの装置は、我々人間の振る舞いを再考させる有益な素材だと言えよう。